3度目の正直

私がたまに覗いていたショップにFという店があります。郊外の住宅地の真ん中に、ごく普通の民家のようなたたずまいで建つその店の倉庫には、普通のショップには置いてない規格外のアクリル水槽が沢山あって、そしてどれもが結構お安いので、冷やかしで見ている分には大変面白いところです。生体に関しては直接輸入を行っているようで、ちょっと変わった魚が入荷するときがあったので、私は気が向いたときに遊びに行くことにしていました。

ある冬の日の夕方のことでした。他に行くところのなかった私は自宅から20分程のそのショップに見学に出かけることにしました。

サッシの引戸を開けて、水槽のある倉庫のような小屋に入って行くと、結構な人だかりがしています。私は曇る眼鏡を拭き拭き足もとに目をやると、そこには5個程のバケツが並べてあって、どれにも色とりどりの魚が泳いでいました。どうも私は入荷直後の時間に訪れたことになるようで、そこに集まっていた人たちは、それをお目当てに来ていた常連さんであったというわけです。

私はバケツを一とおり見渡すと、目指すチビ助がいないことに少々がっかりしました。そこでしかたなく帰ろうとしたとき、一人のオジサンが近づいてきて私に声をかけました。身なりはあの「鬼瓦 権造」。そう、たけしがよくやる「アルプス工業」風のジャンパー姿のオジサンでした。
(これから先はこのオジサンをたけし扮する「権造」だと思ってください。)

「よう、おニイチャン。魚飼ってんの?」
はじめ私は、この「おニイチャン」が誰を指すのかが分からず、思わず振り返ってみたりもしたのですが、気が付いてみたらちょっと恥ずかしかったですね。私だって立派なオジサンですから。それはともかく私は少々控え目に次のように答えました。
「ええ、少しばかり」
するとオジサンは、分かった分かったと言わんばかりに、
「45センチだろ?」
(なんでそう思ったのかなあ?)
「だめだぞお、最低でも60はなきゃ。ん、そうだ60、ろくじゅう。な?」
「俺ん家なんかね、90だぞ、きゅうじゅう!分かる?ん?」
「俺、海水魚、3年やってんの!3年だよ、さ・ん・ね・ん!」
と矢継ぎばやにまくしたてました。

このオジサン、店の中で煙草の灰をポンポン落とすは、ちょっぴりきこしめしていらっしゃるらしいはで、私は良い加減なところで逃げてしまおうと隙をウカガッテいたところ、今度は、
「でもなあニイチャン、死ぬときゃ、やっぱ死ぬんだゼ」
と妙にシンミリとした調子になってしまいました。

聞けば2度もロック・ビューティーに挑戦したものの、どちらも1週間ももたないで☆になった由。それもつい3週間ほどの間にです。どうして良いかが分からなくて、この店のマスターに相談したら、
「ロック・ビューティーは3回目でうまく飼える」
という極めて明快なるご指南を頂戴。今日の入荷日、勇躍万難を排して馳せ参じたということでした。

私はオジサンの話を聞いているうちに、何度もお腹を抱えてしまいそうになりました。でもオジサンは真剣そのものです。一時はオジサンの飼育環境を聞いてアドバイスしてあげようとも思ったのですが、ハナから私を初心者と決め込んでいるオジサンにはそれも通用しないと悟りました。

なんと言っても困ったのが、心底3回目でウマク行くと信じていることです。

さて私はここで大いに悩んだのです。
(うーん、今の状態で持って帰っても、果たして3回目の正直となるのであろうか?やっぱ、環境を聞いてあげようかなあ?)
このことであった・・・。(ぐひひ、SWDさんごめんなさいね。また池波 正太郎風になっちゃいました。)

私は、
(連れて帰られてしまうロックはどこにいるのか?)
とあきらめ半分で店の中を見渡してみましたが、どこにもロックの姿は見当たりません。すると店の奥から顔を覗かせたマスターが、申し訳なさそうに二人に割って入り、ごはんでも口に入っているのか、もぐもぐと次のように言ったのでした。
「ごめん、○○ちゃん(このオジサンの愛称でしょうね)、今日じゃなかった、今度!今度!」

私は危うく
「そりゃ良かった!」
と喚声を上げてしまうところでしたが、一方のオジサンはひどくがっかり。
「なんでい、今日じゃなかったのかよ!じゃ、もう帰る!」
と言って、私の方に向き直りました。そして、
「ニイチャン、ウマク飼えなくたって、気にするなよな。困ったときゃ、ここのマスターに相談するこった!」
と、私にとっては、
(それだけはちょっと・・・)
という忠告を残し、寒風吹きすさぶ外へ出ていったのです。あのジャンパーの襟を立ててね。

さてさて私はなぜこのような話をしてきたかと言いますと、先日冷やかした別のショップに可愛いロック・ビューティーを見たからです。あのオジサン、目的を達したのかなあって思ったのです。だってアレ以来私はFには行ってないので、オジサンの消息をチットモ知らないからなのです。
(99.03.06)

ロック・ビューティー

「岩礁の麗人」とでも訳したら良いのかな?
今は値段もこなれてきたけど、昔は高嶺の花。
私は飼ったことがない。
だって私が魚を買う時のひとつのバーは\5,000なのだから。
もっと安くなったらと思うんだけど、カリブからじゃちょっとねぇ…。

ビーチ・コーマーって何者?

採集を行うのに適した場所といえば、これはもう「磯」ということになりますね。私たちは専らそこで活動するわけですが、他にも対象となる場所は沢山あります。例えば防波堤みたような場所では、網でも釣りでも、面白い魚を捕まえることができます。すでにどこかでお話したとおり、採集家には「岸壁派」または「防波堤派」と称する人たちがいて、この人たちはそういった場所で、体を濡らすことなく珍しい魚を捕まえて来る特技を持っています。

では砂浜ではどうでしょう?これはちょっと我々がやる「採集」には向いていませんね。高校生の頃に、人がごった返す海水浴場でイシガキダイの稚魚を採集したり、「地曳網ツアー」で巨大な
マトウダイに巡り会ったりという体験がありますが、そこで私たちのターゲットとする魚を採ることはかなり確率の低い話に違いありません。

というわけで、私たち死滅回遊魚採集家にとって「砂浜」という場所はそれほど魅力のあるフィールドではないのですが、じゃあそれではマッタクつまらないところかというと、ある特定の人たちにはタマラナク面白いフィールドであるらしいのです。今夜は私のHPで言うところのものとは一味違った「採集活動」の話をご紹介しましょう。きっと大きな共通点に気が付かれると思いますので・・・。

その人たちは「ビーチ・コーマー」(beachcomber)といって、どのような活動をするかというと、グループまたは単独で砂浜を歩き、興味ある物を拾い集めるのだそうです。流木にはじまり、煙草のフィルター、漂着したクラゲ、同じく漂着したクルミ・・・。これら海に落ちているものを、ある時は無目的に、またある時はテーマを持って採取するのです。

彼らのことは、浜口 哲一さんという方が書いた小冊子「渚の博物誌・・・漂着物のものがたり」(ブックレットかながわ5 神奈川新聞社発行 かなしん出版発売 630円)に詳しく紹介されておりまして、海流やそれに乗ってやってくる生き物や物体のことが、大変興味深く記述されています。

先に述べたクルミの話なんかはトテモ想像力を刺激するのでアリマシテ、空いた穴の形状で、それがネズミにかじられたものか、リスによるものかが推理できるというのです。さらにそれが区別できることで、上流から来たものなのか下流のものなのかがわかる。何故かというと、ネズミとリスでは生息範囲が違うから。経年的に見て行くと、例えば漂着数の少ない年などは、よく調べてみると注ぎ込む川の上流にダムができた影響によるものであることが分かったりするのです。

この小冊子は、他にも漂着した鯨や海亀の話や貝の話など、かなり面白い内容で盛り沢山なのですが、その中でも私が最も興味深く感じたのが「流れ着くカニさん」のお話。

浜口さんを中心とするグループ「漂着物を拾う会」は、湘南海岸の平塚あたりの砂浜をメインに活動されているとのことですが、そこでは普通に見られるスナガニなどのカニさんに混じって、ツノメガニというカニが見られるのだそうです。実はこのカニ、主な生息地が「南西諸島」。つまりもともとは奄美大島や沖縄本島に住んでいるカニなのです。これはどういうことかと申しますと・・・、ここは直接浜口さんの文章を引用して説明に代えましょう。

「この種類の生まれ故郷は南西諸島などの南方の海で、幼生が黒潮に乗って北への旅を続け、相模湾にまで流れ着いて浜に住み着くのである。しかし、この南方系の種類は
越冬することができず死に絶えてしまう。
(同誌P42「流れ着くカニ」より引用 赤の修飾は筆者syunさん。)

どうです、面白いじゃないですか?私たちのパートナー死滅回遊魚とまったく同じではありませんか!
「魚だってカニだって同じじゃないの」
と言ってしまえばそれまでですが、私にはこれが新鮮な発見に感じられて仕方がありません。

黒潮に流されてやってくる魚とカニさん、かたや水中を自由に泳ぎ回り、もう一方は浜を住処に・・・。でも、ともに同郷であっただなんて、実に面白い対比!

ツノメガニ
ツノメガニ
私は実物を見たことがない。山渓社の「フィールドブックス9 サンゴ礁の生きもの」を参考に描きました。
やっぱり目から角が生えてました。しかしカニさんの絵は難しい!

さてさて、私は家内や家族によく次のように言われます。
「おとーさんと海に行っても、岩場や防波堤ばかりでチットモ面白くない。」

私は今度彼らに、ビーチ・コーマーと流れ着くものたちのことを話してみようと思います。きっと見方が変わるでしょうからね。そしておねだりされるかも、
「砂浜に連れてって!」
って…。
(99.03.09)

マトウダイマトウダイ
A君と一緒に行った「地曳網ツアー」ではコイツが採れた。
何十人かで引っ張って、コレ1尾。ちょっと寂しかったなぁ…
M半島先端近くの砂浜デシタ。

南海の巨大ゲジゲジ

学生の頃、毎年夏になると訪れていた「H島」でのお話です。

採集道具のいっぱい詰まったボストンバッグを下げて乗る船は、通路といわずデッキといわず、それこそ人ばかり。「芋を洗う」とはこのことかと思うほどのすさまじさ。遠征には慣れてはいるものの、私はいつでもその混雑さに度肝を抜かれるのでした。だって、寝る場所の確保さえままならないんですから。振り返ってみると、まったくよくあんな状態を我慢してたものだと我ながら感心してしまうのですが、それはきっと翌日以降の採集のことを想像して気持ちを紛らわしていたからなんでしょうね。

さて○○桟橋を発ってしばらく、ボストンバッグを枕にウトウトとしていると、デッキのあちこちで開かれていた宴がようやくお開きになり、闇に聞こえるのは轟々たるエンジンの音と、船がかきわける波の音だけになります。いいえ、耳をよくそばだてていると、横にいるA君の寝息が聞こえてきましたっけ・・・

さらにそれから数時間が経って・・・

まわりが騒々しかった時には、
(もう!うるさいなぁ!)
なんて怒っていた私ですが、皆が寝静まってしまうと、逆に寝付かれなくなってしまいます。これはどうしたことなんでしょうね?しかたなく、船の最上部のデッキに上り、うすぼんやりと見える波頭を見送っていると、だんだんと向こうの空が白くなってきます。もう○○湾はとっくに抜けて、気持ちが悪くなるほどにコーヒー色だった海も、その頃には吸い込まれそうな紺碧色に変わっています。
(もう少しだ!)
興奮を押さえつつ見送る波間にはトビウオが現れて、それはそれは見事な滑空飛行を見せてくれるのでした。

やがて島影が見えると、私たちはいつだって誰よりも早く下船の支度を整えます。一刻も早く磯に行きたいのです。そして下船が始まるともうまっしぐら。通い慣れた磯へ直行です。脇目もふりません。もちろん途中の漁港や「それらしき磯」は冷やかしてみるのですがね。

そしてお目当ての磯に着くと、海水パンツにはきかえるのももどかしく、転げるようにして水の中へ入って行くのです。そしてそして・・・

半日以上も漬かっていた水から上がると、私たちのバケツの中は、色とりどりの魚でいっぱいです。カンムリベラにツユベラ、シマハギにニジハギ、クマノミにツノダシ、ヒバシヨウジにオトヒメエビ・・・。
これで1日目の仕事はお終い。

今度はふたたび重い荷物を持って、その日の宿に向かいます。車の免許なんて持ってないから、移動はすべて徒歩かバス。私たちはそんな道すがら、次のような会話をして、その日1日の反省をするのでした。
私:「今日はホントに疲れたけれど、やっぱりここは良いところだね。泳いでる魚の種類が違うもの!」
A:「ああ、感じとしてはWの磯と良く似てらぁ」

そう言われて日本地図を思い浮かべると、なるほどWの磯と「H島」はほぼ同緯度にあります。でも微妙に違うのはここが「島」であることでした。Wの磯よりはもっともっと南国の雰囲気が漂っている感じがするのです。

さぁここで表題のゲジゲジの話に移りましょう。いつもながら前置きが長くてスイマセンね。

普通だったら前日からの強行軍で、宿でご飯を食べるとすぐに寝床に入ってしまうのですが、ある時の遠征のこと、同宿のオジサンと意気投合し、トランプに興じたことがありました。畳の部屋で座布団を台にして、ポーカーや七ならべ、ババ抜きやダウトをやって遊んでいたところ、そのオジサンが次のような提案をしました。
「あのさぁ、勝負しない?お金じゃなくてビールで・・・」

自慢じゃありませんが、A君も私も「採集硬派」(なんじゃそりゃ?)。大学生ですから、少しはお酒も飲みました(お断りしておきますが、現在の私は酒を飲みません)が、賭事や女の子のことよりも「魚採り」の方が大好きです。だから私たちは最初は断ろうかと思ったんですけど、何だかそれも悪いような気がして、ちょっとだけお付き合いをしてあげることにしました。でもこれがまずかったんですけどね。

というのも、いざ遊び始めてみるとこれがなかなかに熱くなっちゃうもので、
「はい、ビール一杯だけね!」
が、すぐに
「どんどん行け、行けえ!」
という具合に変わり、いつの間にやら大騒ぎになってしまったのです。さらにこの大騒ぎに油を注ぐことになったのが、大ゲジゲジの出現。私たちの盛り上がりが最高潮に達したそのとき、部屋の隅の方から体長10cmはあろうかという大ゲジゲジが、ざわざわと足音を発てて私たちの方へやって来たのです。

これにはオジサンも、A君も、そして私もびっくり仰天。私などは手札を放り投げて、キャーキャー言いながら、まるで女の子のように部屋の中をアッチコッチへと逃げまわりました。「ゴキブリの雨」でもご紹介のとおり、私はこのテの生き物が大嫌いなのです。この恐怖心を分かっていただけるでしょうか?磯のフナムシは平気なんですけどねえ。

しかしここに助っ人が現れたのです。それはやはり同宿の別のオジサンでした。オジサンは何の前触れもなく障子を開け、いきなり私たちの部屋に入ってくると、件のゲジゲジを近くにあった新聞紙で摘まみ、くしゃくしゃと丸めてしまったのです。私は、
(ああ、これで全てが終わった!)
と安心しようとしたのですが、実はそれで終わりにはなりませんでした。

丸めた新聞紙を手にして、電灯の下で仁王立ちするオジサンの顔を見ると、妙に目が座っています。私はこの時、これから先におこるであろうことの全てを察しました。そして案の上・・・、オジサンは烈火のごとく怒りだしたのです。
「き、君たち!一体何時だと思っているんだ!?」

そうです私たちは時間の経つのも忘れて、夜中まで騒いでいたのです。周りの人たちの迷惑もかえり見ずに。

もちろんこってりと絞られましたし、非のある私たちはただただひれ伏して、彼のオジサンの怒りが収まるのを待つしかありませんでした。そしてようやく解放された後に残された私たちの気まずさ!翌朝顔を合わせるのが嫌で、朝ご飯もそこそこに磯へ出かけて行ったのは言うまでもありません・・・。

しかしそれにしてもあのゲジゲジはデカかった!
温暖で湿度の高い環境が、あんなお化けゲジゲジを育てたんでしょうかね?

さて、たまにA君と、
「あのときのゲジゲジ、覚えてる?」
なんて昔話をすることがあります。でも、ゲジゲジの話に関しては、まるで昨日のことのように大いに盛りあがるのですが、あの怒ったオジサンのことには何故か触れようとはしません。どうしてかって、やっぱり恐くて思い出したくないんでしょうね。えへへ。ホント、ゲジゲジ同様、恐かったですもの。
(99.03.14)

父の作った水槽台

98年の春、私はそれまでまねごとでやっていた「ベルリン方式」を本格的に始める決心をしました。「できる範囲は全て自作」、これがポリシーの私は、そこで先ず水槽台の自作から取り組むことにしました。

製作に当たっては今までの経験はもとより、仲間の自作例を参考にしたのは言うまでもありません。暇を見つけては千葉の仲間の家へ行き、彼の技を研究したものです。今度乗せるのは総ガラスの水槽です。やわな作りで済ますワケには行きませんからね。

2X4の木材を張りあわせた水槽台が完成したのはそれから1ヶ月後。彼の仲間をはじめとした採集友達数人に手伝ってもらい、晴れて空の水槽をセットした時は、一つの区切りがついた満足感と新規水槽への期待感で、やはり嬉しかったですねえ。

さて仲間が帰った後、娘を膝に乗せて改めてじっくりと眺めていると、私の頭の中に一つの記憶がよみがえってきました。それは父が作った水槽台のことでした。

順風満帆にウマク行っていた父の事業が傾きはじめたのは、私が高校2年の時でした。父の奮闘も結局は虚しく終わり、私たち一家はそれまで住んでいた屋敷を出て行かなくてはならない状況に追い込まれました。色々な理由があったにせよ、父の無念はいかばかりであったでしょう?ガタイは高校生でも、中味はまったくの子供であった私には、父の胸中にある全てのことまで察することはできませんでしたが、借りて来たオンボロトラックに引っ越し荷物を積み込む時には、やはりタマラナク悲しい気持ちがしたものです。とはいうものの、私はしっかりと魚水槽の引っ越しの手筈を整えておりましたがね。ぐひひ。

その後何とか大学に通わせてもらっている頃、それは私がショップでのバイトに精を出していた時でもありましたが、私の一家に一つの転機が訪れました。ある人が自分の持ち家を使用して良いと言ってくれたのです。毎月の家賃負担だけでも大変であった両親にとって、これは涙の出るような提案でありました。しかも都内ですからね。それまでの数年間、下降線を辿っていた我が家の運が少し上向きになってきたようで、久しくなかった笑顔が我が家に戻ってきたりもしたのでした。

シカシテ再び私たち一家は引っ越しをすることとあいなったのですが、この時は少し貧乏にも慣れていたせいか、気分的にも余裕が出てきていたのでしょう。あらかじめ自分の部屋の確保までしっかりと父に約束させ、どちらかというと私はルンルン気分。うきうきと水槽の引っ越しをしたのでありました。

さて新居(とはいっても木造モルタル、築30年は経っているボロ屋でしたが・・・なんて言ったら罰があたりますね。デモほんとデス)に越してしばらくしたときのことです。机の上に仮置きしていた75センチアクリル水槽を、ちゃんとした場所にセットし直そうと考えていた私はそこでハタとばかりに頭をかかえました。なぜならその部屋には机の他に台となるべき適当なものがないからでした。

(さてどうすべぇか?)
と頭をひねっていたところへ父親が現れたので、私はまたここでワガママを言ってみることにしました。
「水槽台作ってくれないかなぁ?御願いだよ!」

この時私はほとんどその返事に期待していなかったのですが、案に相違して父の答えは、
「作ってみるか?」
という意外なものでした。

私の父親はコマメに体を動かすことが好きな人で、思い起こせば犬小屋なんぞはパタパタという感じで作っていたことがありました。だから水槽台の一つや二つはワケないことだとは分かっていたのですが、この予想に反した回答には私もアゼンとせざるを得ませんでした。でも気が変わってしまってはいけません。私は猫なで声で、
「御願いしまーす!」
とお言葉に甘えることにしたのです。

そしてわずか1週間もかからないで、父は立派な水槽台を完成させたのでした。どこで手に入れたのかは分からないのですが、節目のない奇麗な材木を器用に組んだ、それはそれは頑丈な水槽台でした。「すわり」もばっちり。いざ水槽を乗せて水を張ってみても、いささかもガタがなく、完成度は100%。

さてなぜ父親は私の申し出を拒まなかったのでしょうか?これは想像なのですがね、きっとさみしさを紛らわすつもりだったんじゃないでしょうか?何かをしていることで、辛い悲しい思い出を払拭しようとしたんじゃないかと思うのです。

娘を膝に抱き、セットしたての水槽を眺めた後にフッと瞑った私の瞼の裏には、その時作ってくれた父の水槽台がダブって映りました。そして私は思ったのです。
(出来映えは、やっぱりオヤジの勝ちかな?)
ってね。

今度機会があったら、あの水槽台のことを覚えているか聞いてみたいと思うのですが、でもできないでしょう。だってやっぱり照れ臭いじゃないですか、ねえ?
(99.03.18)

父の作った水槽台
父の作った水槽台は75センチ用だった。
私が作ったのは90センチ用。
大きいのを作った私の勝ち?そんなことないよね。

悲劇置き去りのウェット」

シーズンになると採集活動に明け暮れる私ですが、そんな私が家内に嫌われる理由はというと、おおよそ次のようなものではないでしょうか?

・家族のことは放ったらかしで海に行っちゃう。
・後片付けをちゃんとしない
(これはあくまでも「私の場合」ですからね。採集をやる人全てがそうだと言ってるワケではありません。その点はご理解ください。)

後者の方を例に挙げますと…。

海から帰って来て、磯足袋や網それからウェット・スーツなんかはシャバシャバと軽く水洗いをして、それを干すというところまでは自分でやります。イケナイのがそれから先で、乾いても片付けるということをしない、というかスグに忘れちゃう。つまり軒先なんかに人型の真っ黒いのがいつまでもブラブラしてるわけで、家内はどうもこれが嫌ならしいですね。

結局はコレを片付けるのは家内ということになり、そこでブツクサ始まるというワケなのです。
「なんでアタシがウェット・スーツを片付けなきゃなんないの!」

さてつい先日のこと。長いこと外に出してあったウェット・スーツを、やはり家内が見つけて、これを片付けてくれました。いや片付けてというのは当たっていないかもしれません。邪魔なのでちょっと車の屋根の上にのっけておいたというのが正解でしょう。一方私の方はというと、それを干していたことすらも忘れていますから、車の屋根の上にウェット・スーツが広げてあるなんて夢にも思いません。そして悲劇はここから始まりました。

家内に用件を頼まれた私は車を走らせて、近くの郵便局へ出かけました。それから往復10分ほどの時間で戻って来ると、これまた長いこと水換えをしていなかった魚水槽の手入れを行いました。

さあ、水をこぼすこともなく無事に水換えを終え、一服していたときのことです。今年中学2年になる息子が顔色を変えて私のところへ飛んで来ました。自転車で外出したばかりだというのにすぐに帰って来たのが私には不思議でならなかったのですが、私は息子の次の一言で全てを理解しました
「お、おとーさん、ゆ、郵便局の前の道にウェット・スーツが落っこちてる!」

私はここで大いに弱りました。何故って、この辺りでウエット・スーツを着て魚採りに明け暮れる人間なんて私をおいていないわけで、持ち主は誰が何と言おうと「私」である!ということをご近所の皆さんは知っているからです。でも、白昼堂々と道路に横たわっているウェット・スーツの異様さを想像すると、私は恥ずかしくてそれを取りになんか行けません。

大いに嫌がる息子を、ただただ頭を下げて、
「お願いだ、取って来てくれ!」
と頼む父親の威厳のなさ!

(やっぱり後片付けは自分でしなきゃ!)
私は身にしみてそれを痛感したのでした。

それにしても痛快そうな家内の様子ったら…とほほ。
(99.04.05)

私は木の葉?「コノハベラ」

表題を読んで、
(あれ?そんなベラ、いたかしら?)
って感じた人がいたら、その人はかなりなマニアか専門家に違いないでしょう。実際そんな魚はいないのです。だって私たちが勝手に付けた名前なのですから…。じゃぁ、それは何かと申しますと、まぁ今夜の話を最後まで読んでくださいな。

魚の中には擬態或いはそれに近い行為をとるものが沢山います。思いつくままに幾つかを挙げてみましょうね。
先ずタツノオトシゴ。
これは見事に海藻になりきりますね。
それからツバメウオ。
この魚が海面を漂う様を見たことがあるでしょうか?これはもう枯葉そっくり。さしずめ「忍者、葉遁の術」ってとこですね。マツダイなどもこれと同じです。
さらにハリゼンボン。
これは木の実に化けて漂います。
もっともっと沢山ありますが、列挙することが本題ではありません。この辺でおわり。

では私たちが「コノハベラ」と名づけた魚のお話に移りましょう。これがちょうどそんなお魚さんなのです。

A君と私がこの魚を捕まえたのが「南海の巨大ゲジゲジ」でお話したH島の磯でした。漁港近くのコンクリートの護岸の下には広々とした磯があって、そこは私たちにとっては格好の採集場所でありました。サラン防虫ネットで作ったご自慢の「稚魚専門網」を両手に、タイド・プールの中の岩の窪んだ場所や棚の下を覗いていると、私は妙な動き方をする物体に目が止まりました。ちょうど朽ちた木の葉のかけらが漂うごとく、アッチへひらひら、こっちへゆらゆら。まったく自分の意思を持たないように水平に移動する様は、まるで振り子運動でも見ているような錯覚をしたものでした。

ただやっぱり直感みたいなものはありまして、なおも良く観察していると、目らしきものも確認できます。さらに観察を続けていると、いよいよ魚であること、それもベラの一種だということがハッキリしてきました。時折腹ビレを立て、態勢をコントロールするように見えたときには、もう体が反応してその魚をゲットしたのは言うまでもありません。頼りなげな泳ぎ方の割には、随分と難儀しましたがね。

さて、
「なんてベラなのかなぁ?」
と首を傾げていると、A君は次のように言いました。
「木の葉みたいにしてたから、コノハベラにしちゃおう!」
すでにA君も何尾かを捕まえていたのですが、きっと私と同じことを考えていたんですね。

大事に東京に連れて帰り、図鑑で確認してみると、これがあるベラの稚魚であることが判明しました。そう、私たちが「コノハベラ」と名づけたのは「ブチススキベラ」であったのです。
(新種の発見かも知れないぞ!)
なんて淡い期待がなかったわけではありませんが、正体が分かって何だかホッとしたというのが正直な感想でしたね。

ツユベラやカンムリベラの稚魚と違って、それはそれはまったく地味なベラなのですが、生態観察という点では絶対コチラの方がオモシロイ。
「ぜひあなたの水槽に!」
って言いたいんですけど、こりゃやっぱり採集するしかないですね。だってショップに入ることは、色彩的な価値から言って、先ずないでしょうから…。どうぞ頑張って捕まえてくださいな。
(99.04.18)

ブチススキベラ
地味な魚ほど描くのが難しい!
木の葉のように泳ぐので「コノハベラ」と名付けた。
流れに乗ってゆらゆらする様はまるでグライダー。
色彩を観賞するより、生態を観察した方が面白い!
どんな魚か知りたかったら見にいらっしゃい。今、家にいるから!

スーピタ小僧…タマガシラ

磯で魚を追いかけたり観察していたりすると、
(ああ、面白い!)
とか、
(うわ、キレイだなあ!)
と感じる光景に出くわすことがあります。

例えばチョウチョウウオなどは、その名前のとおり、まるで(昆虫の)蝶々が舞っているように見えて、本当に優雅なものです。特に身を翻すときにはそれが顕著ですね。もちろんこれは水槽内でも楽しめることなんですが、やっぱり海の中で見るのが一番。太陽の光を受けてヒラリとする姿・・・それはそれは見ていて飽きないものです。

ヤッコの類になるとコレがちょっと違う。サザナミヤッコなどは、それが幼魚であっても、実に悠然としています。岩肌にピタリと体を寄せて隠れる様を見たことがありますか?小さくてもなかなか落ち着いたものです。同じヤッコでもケントロピーゲの仲間になるとコレがやはり違います。彼らはどちらかというとスズメダイに似た動きをしますね。

さて魚を観察していると、ことほどさようにそれぞれ泳ぎ方や行動の面白さに気が付いたりするのですが、今夜はちょっと変わった泳ぎをする魚のお話をいたしましょう。

それはフタスジタマガシラという魚でイトヨリダイの仲間。チョウチョウウオやヤッコの仲間に比べたらグッとマイナーな鑑賞魚ですが、ショップの水槽にもいることがあって、皆さんもきっと一度は見たことがあるのではないでしょうか?(下がその絵です。)

フタスジタマガシラ
これがフタスジタマガシラ
実に器用に中層をホバリングする。
小さな個体はまことに可愛らしい

その泳ぎ方が、また面白い。普通私たちが採集する魚といったら、大抵は一点に止まるということがないのですが、この魚は見事に静止します。スーッと進んではピタッと止まり、またスーッ、ピタッを繰り返します。それはまるでヘリコプターのよう。実に巧みにボバリングをする魚なのです。

私が最初に捕まえたのは、深さ50センチ、四畳半ほどの広さのタイド・プール。このときもスーッ、ピタッを繰り返していましたっけ・・・。2センチくらいの小さなものは、目が大きくておチョボ口の愛らしい魚です。美しさだってなかなか捨てたものではありません。飼育は簡単で、しかも丈夫。

どうですか?今年の夏、静止する魚「スーピタ小僧」を採集して、じっくりとその泳ぎを観察してみませんか?トテモ面白いですよ。なにもチョウチョウウオやヤッコだけが海水魚ではないのです。ベラだって、このタマガシラだって、十分に私たちを楽しませてくれるのです!

どうか皆さん、色彩だけじゃなくて、彼らの日常生活をたっぷりと観察してあげてくださいな。

ところで、そろそろ暖かくなって来ましたね。採集シーズンはもうすぐそこです。私ですか?もう着々とネタ集めが進んでいます。collectingのページ、乞うご期待!
(99.04.21)

おべんと付けて、どこ行くの?

「希に」の部類に入るでしょうが、関東以南のタイド・プールで採集できる魚に、ツユベラというベラの仲間がいます。「お魚博士」を自認する皆さんは、幼魚と成魚でその色彩がまったく異なる事実をよくご存じでしょう。幼魚の頃は、真っ赤な地に白のストライプが鮮やかな、それはそれは美しいベラですネ。私は何度もこのベラを採集したことがありますが、その感激はいつも新鮮です。

赤い魚なら他にも沢山いますが、ムラのない赤さという点では、この魚が一番ではないでしょうか。それは何と表現したら良いのでしょう?何度も何度も塗り重ねをしたような「赤」、とでも言ったら良いでしょうか・・・。

さて、この魚を観察していていつも思うことは、
(おべんと付けて、どこ行くの?)
ということです。

というのも、彼の口吻の先がひときわ白いことで、私にはそれがご飯粒を乗っけているように見えるから。幼魚の頃なんて、体の割にその白い部分が大きいのが特徴で、それがトテモ目立ちます。

最近では無脊椎の水槽に入れて飼育する場合が多いのですが、体長2センチほどの稚魚が、ライブロックの隙間をウロチョロする様は、可愛らしく、また飽きないものです。

このベラ、小さくとも体内時計は正確で(砂に潜って寝るベラは皆そうですが)、不思議なくらい毎日決まった時間に寝床から這いだしてきます。そして、ちょうど私が出勤前のコーヒーを飲みながら給餌をするとき、彼は白い口先でライブロックをつついています。きっとお気に入りの朝食を摂っているのでしょうね。

だから私はいつも思うのです。
(おべんと付けて、どこ行くの?)
そして続けるのです。
「明日の朝、また元気な顔で起きて来て頂戴ね!」

そう、私が帰宅する頃には、彼は砂の中でグッスリですから。
(99.04.25)

ツユベラ
白い鼻先おべんと付けて、いったいあなたはどこ行くの?


シメシメ、オマヌケ、コブシメ君

コブシメというイカをご存じでしょうか?今日はそのコブシメ君にまつわるお話をいたしましょう。それはある年の春、私とA君が遠い「南の島」へ遠征に出かけた時のお話です。

私たちが本格的にホーム・フィールドに通い出すのは、大体6月下旬頃からになります。その時期が来るまでは、採集道具の手入れや製作に力を注ぐのですが、陽気が良くなってくるとどうしても体が塩気を欲しがって困ります。そんな時はお互いのスケジュールを調整しあって、遠征に出かけてしまうことがあるというワケなのです。

思い立って出発した先は東京から数時間の場所にある島。何回か訪れている場所なので、
(どこへ行けば良いか?)
なんてことはよーく知っております。が、そんな中で特にお気に入りなのが、ある漁港の岸壁。ここは思いがけない獲物が採れることがあるので、滞在中は朝、昼、夜という具合に、1日に何度も覗きに来るのでした。

さてその遠征の二日目の早朝のこと、私たちは朝食の前にその漁港の「調査」に出かけることにしました。

眠い目をこすりながら、竿を肩に、網を片手に出かけると、港には船がほとんどありません。皆漁に出かけているのでしょうか?ちょっと淋しいそんな風景の中、私たちは例によって、岸壁のコーナーを丁寧に覗き始めました。そして20分ほどもした頃、これまた例によってA君の囁き声が私を呼びました。
「あ、アレ、コブシメじゃないか?!」
言われた先には小さな漁船が一隻、もやい綱で岸壁に繋がれています。そしてそのもやい綱の下には目にも鮮やかな3cmほどの黄色の物体!
「やや!コ、コブシメだ!」
二人は小さくそう叫びました。と、A君がバケツを取りに走り出します。一方の私は網を構えて採集の態勢に入ります。この辺はもうお互い慣れたものですね。言わなくたって分かってしまうのですから…

私はA君が戻って来たのを見極めると、息を殺してコレを掬いにかかりました。浮かんでるイカ君なんて簡単に掬えるものだとお思いかもしれませんが、これが結構難しいもので、なめてかかると後悔します。意外と目が良いのに加え、敵はジェット水流を持っていますからね。下手に気づかれてしまったら「あとの祭り」です。しかしこの時は見事に網に入れましたよ。コブシメ君たらまったく気がつく風もありません。あまりの手際の良さにA君も思わず、
「う、上手い!!」
と感嘆の声を上げたほどの早業であったのでした。

採った私の方は、
(シメシメ、コブシメ!)
なんてくだらないギャグを心の中で繰り返していたのでしたが…。

さあ、コブシメ君はといいますと、半透明のバケツの中でピュッとばかりに墨を吐き、幾度となく体色を変化させています。もしかして寝ていたところだったのかもしれませんね。そこを捕まえられて、目を白黒させる代わりに体色でそれを表していたということでしょう。

思い起こすとまずまずの成果を挙げることができたこの遠征でしたが、大きさといい、その姿の可愛らしさといい、私はこのコブシメ君が一番のヒットだったと今でも思っています。もちろん輸送の扱いも別格中の別格。東京に戻って何事もなかったことを確認したときは、二人とも全く安心したものでした。無事に連れて帰ってこその、この趣味ですからね。

さて飼育する環境がなかった私は、このコブシメ君の面倒をA君にお任せすることにしました。そしてその後A君は、私が遊びに行くたびに、そのコブシメ君の摂餌行動を見せてくれるのでした。アミをあてがわれると、両腕を横に広げて捕獲のポーズをとり、見事に絡めとってはそれを食します。その姿は、小さいとはいえ、ハンターそのもの。寝ているところを私に捕らえられるという、いささかオマヌケなコブシメ君ではありましたが、
(おお!結構たくましく育ってるじゃないの!)
そう感じざるを得ない私なのでありました。
(99.05.05)

出血大サービス!コブシメ君の画像です。
画像の下に黒く見えるのが60cm水槽の枠。大きさは想像できますね?

コブシメ君画像



美女と野獣

99年5月のGW(そうです、ついこの間のことです)、私はM半島のA海岸へ出かけました。この時期、関東地方にはまたまだ死滅回遊魚の「寄り付き」は見られません。従って、本格的採集というわけではなく、「様子見」といったつもりだったのです。しかし分かってはいるものの、
(もしかして?)
なんて期待感があったことは確かですがね、えへへ。

さて何せGWのことですから、渋滞に巻き込まれるのは嫌だと、早朝に自宅を発ってA海岸に着きますと、私営の駐車場はほぼ満車。
(ということは?)
と磯に向かうと、予想に違わずそこは沢山のレジャー客で大賑わい。お昼まではまだ大分あるのに、すでにバーベキューの匂いすらしています。中には真っ赤な顔をしたおじさんもいたりして、雰囲気としては完全に「夏」になっちゃってます。

そしてもちろん磯遊びの人たちも沢山出ています。あちこちでは、
「おとーさん、カニさんがいるよ!」
とか、
「おかーさん、お魚捕まえた!」
と、網やバケツを手にした家族連れの微笑ましい姿を見ることができたのでした。

さて私にもちょいとした目的があって、お気に入りのタイド・プールを上から眺めていましたところ、なんと今の時期に海水パン一丁で、胸まで水に漬かりながら前進しているおじさんがいることに気が付きました。やや長髪で色黒、筋骨隆々たる上半身と、
「ええい!冷てえ、冷てえ!」
と、やたらに大きな声を張りあげて進む様は「野獣」と表現したいほど野性的でありました。手に観賞魚用の網を持っているのは、やはり魚を取りに来ている人なのでしょう。

すると今度は別の方角から、キュロットスカートを穿いた、とてもチャーミングなお姉さんが現れました。彼女も私同様、その野獣おじさんに気が付いたようです。そして彼女はためらう風もなく、そのおじさんに近づき、次のように話しかけたのです。
「すいませーん!何を採ってるんですかぁ?」

その声に気が付いたおじさんは、ちょっと恥ずかしがるしぐさをみせたものの、
「俺?おりゃーよう、ウミウシ探してんだよう!」
と応えました。

それを聞いたお姉さんは、
「え〜〜、やだ〜!すご〜〜い!私、ウミウシって、一度も見たことな〜い!え〜、見せてくれますう?」
と、それはそれは鼻にかかった声でお願いしました。

そして野獣おじさんたら、つい今までは
「寒い、寒い!」
なんて大騒ぎしていたくせに、俄然鼻の下を伸ばして張りきり出し、
「おお?ウミウシ見たことない?よっしゃあ!任しとき!おーい、○○、ウミウシ沢山採って来いよお!」
と仲間の人に加勢をたのむと、前にも増して、勢い良く前進を再開するのでした。止せばいいのに完全に水没しては浮き上がり、そして顔を上げるたびに、
「へ〜くしょい!」
の連発。

そのやりとりを見ていた私には、俄かに或る「いたずら心」が芽生えました。
(いひひ、彼より先に私のバケツの中にいる「クロシタナシウミウシ」をおねーちゃんに見せちゃおうかな?)

ところがそう思ったのも束の間、私はそれを翻意せざるを得なくなりました。なにせあのおじさんのウミウシを探し求める形相が、いよいよ野性味を帯びてきて、今にも
「がるる〜〜!」
なんて雄叫びを上げそうだったものですから。お姉さんに良い格好を見せるチャンスを横取りしちゃったら可哀想ですからね。

しかし!

そのお姉さんはというと、もうとっくに別の方角へ移動し、もはや野獣おじさんの視界からは遠く離れてしまって、何やら子供たちと戯れているではありませんか!

「女ごころとなんとか」というヤツですかね?

おじさんがそのことに気が付かないうちに、私がその場を去ったのは言うまでもないことです。そして私は背中で聞いたのです。野獣おじさんが、
「おお、お姉ちゃん、どこ行った?」
と言ったのを…
(99.05.11)

やだん、馬鹿〜ん

この頃は「南の島」の話ばかりでゴメンナサイ。決して身近な海のことを忘れてしまっているワケではいないのですが、魚種の豊富さで言ったら、これはもう断然に「南の島」に軍配が上がるというもの。その印象はとてもとても強烈なのです。ついつい話題がそちらに行ってしまうのをどうか分かって下さいますよう。

でも、これは持論なのですが、
(海水タンクを維持しているのなら、少しくらい無理をしてでも、飼育している魚や珊瑚の故郷を一度は見ておくべきだ!)
と私は思っています。良い映画を見たり、気持ちがなごむ音楽を聞くように、そして素晴らしい本を読むように、それは心に残るものとなるからです。

これをお読みのお父さん、日頃お世話になっている奥様やご家族に次のように持ちかけてみませんか?
「今度、南の島に、家族皆で行ってみようよ!」
とたんにサービス良くなること、これ請け合いです。

さて前置がまたしても長くなりました。

それは私とA君がある島に出かけたときのことです。
いつもの「稚魚専用網」で、目指すはベラ、スズメなどの小魚ばかり。朝から晩(これは決してオーバーな表現ではありません。南の島では昼間の時間が実に長いのです!)まで「採集三昧」に終始する日々です。ところが必ずしも良いお天気ばかりとは限りません。あいにくの雨や風の日などには、私たちだって気分転換に島内観光みたいなことをすることがあるのです。

そんな時に訪れた熱帯植物園らしき施設でのお話に移りましょう。

園内の遊歩道の両側には沢山の熱帯植物が植わっていて、雰囲気的にはジャングルのよう。私が視線を上に向けて歩いていると、A君が、
「へぇ〜、これが『アダン』の実かぁ?」
と赤い大きな果実を指差しました。それはちょうどパイナップルを真っ赤に染めたような実で、樹全体から受けるイメージも、いかにも熱帯的なものでありました。そしてしばらくそれを見続けていたとき、私の頭には、まことに下らない駄洒落が浮かんで来るとともに、A君を少しばかり笑わせてあげようという気持ちになりました。

以前にも書いたように、A君の頭の中は魚類図鑑のようなもので、彼は採った魚のほぼ全ての名をたちどころに言い当ててしまいます。(これは死ぬまで私のかなわないところですがね。)

そこで私が思ったことは次のようなことでした。
(そうだ!いつも教えてもらってばかりだから、ここはひとつためになることをボクが教えてあげよう!)
ってね。

で、私は笑いをこらえつつ、教えてあげました。
「ねえA君?アダンの実はね、地面に落ちるとパカーン!っていって割れるんだよ。」

これを聞いたA君は、
(???)
という顔しきり。私が何を言おうとしているのかが良く分からないようでした。

しかたないですね。私は半分吹きだしながら続けました。
「あはは、だって『やだん、馬鹿〜ん(アダン、パカーン)』って言うじゃないか!」

そして、
「ウグッ」
と息を詰まらせてしまったA君を後目に、
(ぎゃはは、南の島はギャグの材料も豊富なのだ!)
私はそう思ったのでありました。
(99.05.18)

採集家の誰もが抱いている夢に「新種の発見」があります。もちろん私にもそれがあるワケで、岩棚の下を、それこそ逆さまになりながら、実に恥ずかしい格好で覗いたりするのも、少しはそんな理由があるからなのです。それはやっぱり「夢」ですよね?学名に自分の名前を冠することができるかもしれないのです。想像しただけでわくわくしてくるじゃありませんか?採集家の皆さん、そうじゃありませんか?

ところが私には、これが今のところ、全くの不可能事でありまして、30年ほど魚を追い続けてはいますが、未だにその夢を適えることができません。わずかに得体のしれないスズメダイを採集したのと、ハイブリッドらしきチョウチョウウオを見かけただけ。(幸いにも前者の方は写真を撮ってありますから、これは時を改めて皆さんにご紹介しましょうね。でも多分知られているスズメダイでしょうけど…)

中には、
(あれれ?)
と思うような魚を捕まえることもあるのですが、
「おい!なんだこりゃ?新種かい?」
と興奮に震える私の気持ちは、いつもA君の次の一言で見事に打ちくだかれてしまうのです。
「あ、それね。○○の稚魚。残念でした!」

さてそれでも、心の片隅で、
(なんか珍しい魚はいなかな?)
という期待に胸を躍らせて採集をしていると、やっぱり
(?????)
と思う魚を捕まえることがあります。今夜はそんな経験のうちの一つをお話します。

そこはある晩春の防波堤……
朝もはよから網を肩にアッチこっちの吹き溜りのような場所を覗いておりましたところ、私は体長1センチにも満たない小魚の群を発見しました。流藻などの浮かんでいない水面には、それが数尾漂っています。

私は遠くにいるA君に声をかけました。
「おーい、おじさん!変な魚がいるぞお!」

おっとり刀で駆けつけたA君、早速に上から覗き込んでいましたが、
「あんだこりゃあ?」
と首を傾げるばかり。

「エボシダイ、じゃないよな?」
私はそう尋ねました。何故って、その魚を発見する直前に、私たちはクラゲに身を寄せていた体長1.5cmほどのエボシダイを採集したばかりだったので…。

でもやっぱりA君の答えは否でありました。ほとんど黒い体に大きな目。動きだってもっと敏捷です。どう考えたって、これは別物です。

(どうする?)
お互い目線で確認しあったものの、やっぱり私たちはそれを採集することにしました。そこで私は地ベタに腹這いになると玉網を水に漬け、ソーッと掬い上げると、それをバケツに入れました。(話が横道に逸れますが、漁港で腹這いになるのは止めましょうね。酷え臭いが付きます。彼女に嫌われます。待てよ?彼女と漁港でデートする人いるかなぁ?あ、一人、心当たりがあります。すいません、後半は独り言です。)

さて改めてシゲシゲと観察してみると、コレが全然見当がつきません。見ようによっては、チョウチョウウオの稚魚の形にも見えるのです。
(着床前のチョウチョかも!)
とっさにそんなことも考えましたが、もちろん確信などはありません。結局は、
「大きくしてみなければ分からない」
という意見で合致した私たちは、とにかくそれを1尾ずつ持って帰り、飼育してみることにいたしました。

さあ、それからどうなったと思いますか?

家に連れて帰り、せっせと餌をやるうちに、その魚はだんだんと正体をあきらかにし始めました。そしてはっきりと何者かが分かった日、私はA君に電話をかけてみました。
「ねえ?あの魚、正体が分かったよ!」

するとお互いに間髪を入れず、
「オヤビッチャ!」
と声をそろえて大笑い。

そうです、彼らはごくごく小さい時は、銀黒色(?)なのでありました。

「くそ!縞なんてなかったじゃないか!」
A君もきっと私と同じ気持ちだったんでしょうね。

こんな有様じゃ、私たちが新種を発見するなんて「夢のまた夢」なのでしょうね。
「あーあ!」
と嘆きつつ、成長しきったオヤビッチャを恨めしげに見るsyunさんでした。

でもね、私はやはり「夢」を追い続けるのです。
死ぬまでね。

新種

こんな新種がいたりして…。
気持ち悪い…

(99.05.22)

皆おなじ

今から7、8年前のこと、私は一冊の古い洋書の翻訳に一人で取り組んだことがあります。それは高校生の頃にA君を通じて購入したもので、厚さにしたら約10cmはあろうかという魚の図鑑でした。特徴はルーズ・リーフ形式になっていることで、増補版が送られてきても簡単にアップ・デートできるというスグレものでありました。

購入当初、私はその翻訳に取りかかりはしたものの、高校生の実力では思うように作業が進まず、結局のところ面白そうな部分だけの「つまみ食い」で終わってしまっていました。いえ、それ以前のお話、つまり写真だけを見ては満足していたのです。そしてその後何回も引っ越しを重ねているうちに、どこにしまったかさえも覚えていないほど、私はその本のことをスッカリ忘れてしまっていたのです。

ところがです。転勤でしばらく空けていた我が家に戻り、細々とした荷物を整理しているときのことでした。私はカビの生えそうなほどに湿った段ボール箱の中に、忘れかけていたそれを発見したのです。

ビニール・コーティングされた赤い分厚い表紙にはフレンチエンジェルの大きな写真・・・。懐かしさに、思わずパラパラとページを繰ると、年月のなせるワザでしょうか、綴じてあったハズのものが何枚か、はらはらと私の足もとに落ちてきました。そうです、パンチ穴が切れてしまっているのです。そしてその落ちたページに目をやると、そこには当時高校生だった私の筆跡で、いくつかの単語の訳が記してあるのでした。

私は時間の経つのも忘れて、ページを繰る作業を進めていたのですが、そのうちに面白い事実に気がつきました。あの頃あれほど読めなかったこの本が、実にスラスラ読めるという事実に!

そして私はほとんど直感的に、次のように思いました。
(そうだ!もう一度、この本の訳に挑戦してみよう!)

というワケで、いざ完訳に向けて取り組んだのですが、やっぱり気分が乗った時というのは実力以上の結果が出るもので、わずか1ヶ月ほどの期間で、私はその本の隅から隅まで訳し終えることができました。

さて、その本に書いてある技術的なことに関して言うと、これは別に特別なことが書いてあるワケではなく、全体的な感想では、

・日本のホーム・アクアリウムにおける飼育器具や技術なんて、欧米と比べたら20年く らいは遅れてるんじゃないか?

ということでしたね。我国でようやくショップに並べられるようになった器具なんかが、欧米では当時から普通に使われているんですからね。

でも反面、
(魚を思いやる気持ちは、どこの国の人でも変わらないんだ!)
と、妙に嬉しくなるような気持ちを味わうこともできました。

というのも、私は次のような件(くだり)を見つけたからです。

「いいですか?魚を飼うのだったら、できるだけ大きな水槽にすることです。その方が変化が緩やかにおきます。万一ヒーターが故障しても、家からの電話で、仕事を放り投げて帰ることもないでしょう・・・」

私はこの一節を読んだときに、
「あらら、アメリカ人でも同じだね!」
と感じましたね。そして妙に可笑しくなりました。だって私の場合もまさしくそれなんですもの!(それにつけても向こうの人はウィットに富んでいますね。日本の飼育書や図鑑に、そんな記述が載っているものなんてあるでしょうか?)

心を囚われたら、男も女も、大人も子供も、若くても歳をとっても、そして国が違っても、皆みんな、同じになってしまうのですね。良いか、悪いか、それは私には分かりませんけどね・・・。

普通に考えたら(古い本を訳すなんて)あまり意味のないことかもしれませんが、訳を終えてみて、私は忘れていた「お釣」をもらったような、何だかトクをした気分になったのでした。
(99.05.25)

修学旅行

つい先日、採集仲間のH氏が奥様と一緒に我が家に遊びにいらした時のことです。お茶を飲みながら、
「この世界にハマったキッカケは何時のことだったかなぁ?」
という話になりました。そしてH氏は次のように想い出話をしてくれました。
「高校の修学旅行でM県に行った時に、タイド・プールでニセフウライを採ったのがキッカケかなぁ?あまりの綺麗さに吃驚したのを良く憶えてる!」
採集家の誰でもがそうであるように、H氏は「最初の魚」のことを大変良く憶えておいでのようでした。

さてH氏と奥様が帰られたあと、
「修学旅行かぁ…。自分もそんな時代があったっけなぁ…」
などと昔を懐かしんでおりましたところ、
(ちょっと待てよ?)
と思い出したことがありました。今日はそのお話。

私の場合、四国の高松/高知/松山というのが修学旅行のコースでしたが、
「高知!」
行き先を知った時、A君と私は全く同じことを考えてしまったようです。
「いちおう、網、持って行こう!」
だって!ああ、何という高校生だったんでしょう!

そしていざ出発。高松辺りのことは、もう記憶にないのですが、私とA君は高知での自由時間になるや否や、隠し持って行った網(さすがに網を持っているというのは恥ずかしくて内緒にしてました)を手に海へと向かいました。市電か何を乗り継いで、着いた先は「桂浜」。でもそこがどんな所か予め知らなかった私達は大いにがっかりでした。そこは岩場に乏しいばかりでなく、全くの観光地であり、おまけに天気も雨…。

私は少なからず、
(面白いもんが採れるんじゃないか?)
なんて期待してたワケで、
(なんだよ、がっかりだなぁ。あとは旅館に帰って寝るだけか…)
と意気消沈しておりますと、さすがはA君、
「んじゃ、水族館行こう!」
と、私を誘いました。

そして私達は水族館見学を終えると、名所・旧跡のひとつも訪れることなく、その日の宿泊先へと帰ったのでした。

こうして修学旅行さえも採集旅行に置き換えてしまおうとした不届きな目論見は無残にも打ち砕かれてしまったわけですが、万々が一珍しい魚が採れたとしたら、私達はいったいどうするつもりだったんでしょうね?ほぼ薄れた記憶ですから、ハッキリしたことは言えませんが、きっとそれから先のことはチットモ考えていなかったのでしょう。

と、ここまで思い出した時、私はある点に俄然興味が湧いてきました。
(おお!H氏はM県で捕まえたニセフウライをいったいどうしたのであろうか?)

今度聞いてみなきゃイケナイですね。


(99.05.29)

ク、ク、クマゴロー!

TVの普及率といったら、それはスゴイものがありますね。一家に2台というのは当たり前。実際我が家にも3台のTVがありますもの。

いささか古い話になりますが、私が小学校に上がる少し前までは、我が家にはTVというものがありませんでした。その頃の娯楽といえば、2,3ヵ月に一度ほど母親に連れて行ってもらう映画。当時は今流行のSF物などはなく、「赤胴 鈴之助」(これは妙に良く憶えてる)や「新吾十番勝負」(だったかなぁ?)といった時代活劇ばかりでしたけど、これが楽しかったんですねぇ!

小学校へ行く直前くらいからでしょうか、一般家庭にもTVを置く家が出始めました。私たち一家の住むボロアパートの大家さんもそのうちの一人でした。でもTVを持つのはやはり経済的に余裕があるからで、店子にしてみりゃうらやましいばかりの「大事件」。アンテナ工事に電気屋さんが来た時には、
「いったい何をおっぱじめるんだろう?」
と、多くの人が見物に来るほどの有様であったのです。私なんか、青ッ鼻たらしながら、屋根の上を見上げていたんでしょう。

しかし昔の人はエライもので、なんとこの大家さん、1週間に一度日曜の夜に、店子を集めてTVを見せてくれるのでした。夏の暑い夜、六畳ほどの部屋に子供達、部屋の外には大人達が集まって、制限時間1時間のTV鑑賞会。皆まじろぎもせず、一心不乱に画面上の成り行きに集中するのです。遠い昔のことですが、私はこの光景をハッキリと憶えています。

やがて我が家にもTVがやって来る(こういう言い方って懐かしいですね)と、当然私はTV小僧になろうと思いました。しかし!その当時はTV局自体も、また番組自体もトテモ少なくて、昼間皆が働いているときはTVもお休み。電源を点けても、「テストパターン」が延々と続くだけ。しかたなく外に出て遊ぶしかありませんでしたが、それはそれでメリハリのある(?)生活ができて良かったんでしょうケドね?

さて私がTV番組の中で好きだったのがクイズ番組です。その中でも特にお気に入りが、番組名を覚えていないのですが、2台の「滑り台」それぞれに解答者が乗り、問題に答えて行くというもの(もしかしたら、中学生くらいの時代だったかもしれません)。正解だと何も起こらないのですが、不正解だと、「滑り台」の角度が上がります。不正解が続くと、どんどんと傾斜が増して、解答者を滑り落とす仕組みになっています。

この番組の面白いところは、勝敗に解答者の体力的な要素が絡んでいることで、少ない誤答でも傾斜に耐えられず落ちる人や、逆に誤答ばかりしているのに、必死で台にすがり付き勝者になってしまう人がいるのです。見ている私も手に力が入る場面もありましたが、とにかく対戦者の対比が非常に面白かったワケです。

さてある日のこと、私がこの番組を見ていましたところ、大変面白いことがおきました。それを再現いたしましょう。シュチュエーションは次のとおりです。
出題者…関西の兄弟漫才師
解答者…おじさん二人。すでに汗だく。
状況……番組後半、2台の「滑り台」はともに角度を増し、どちらかが不正解で勝敗の決着がつくという緊迫した場面。

出題者:「さぁ問題です!有明海に住むハゼの仲間で、人の名前のような魚を何と言うでしょう!?」
解答者A:「…クククッ」
      (傾斜に抗っている様子)
出題者:「さぁ!何というのでしょう?!」
解答者A:「…クククッ」
出題者:「さぁ!?」
解答者:「………クククッ、ク、クマゴロー!」

そして場内大爆笑。
無情にも傾斜が一段と増し、あわれ力尽きた解答者Aさんは風船がいっぱいのクッションの上に落ちていったのです。

もちろん私も大笑い。お腹を抱えて大笑い。
しかし!
(バカだなぁ!)
という気持ちの起こらない、実にさわやかな笑い。そして解答者Aさんの、むしろハレバレとした顔。

とびきりドでかいギャグをかまされたようで、私はその時のことを思い出すと、今でも笑いがこみ上げてくるのです。

話は転じますが、最近そういったTV番組って少なくなりましたね。知識ばかりを要求するものとか、筋書きが見え見えのもの、制作者側の主観を押し付けるもの…。

TV番組だけじゃない。インターネットやパソコン通信上でのやりとりなどを見ていても同じようなことが言えます(この辺の、おかしな常識が罷り通った「インターネット裏話」は、また別の機会に…)。

「昔話」ばかりを懐かしむ syun さんって、やはり変人なのでしょうね。


(99.06.04)

ツチノコ…イシヨウジ

私は「ヨウジウオ」の仲間が大変に好きです。

今更説明するまでもないでしょうが、ヨウジウオはタツノオトシゴに近い仲間で、関東近辺では普通のヨウジウオの他に、ヒバシヨウジという種類を比較的容易に採集することができます。ヒバシヨウジなどは、丹念に岩棚の天井などを探してみれば、ペアでへバリついている姿を見かけることができると思いますよ。

また場所にもよりますが、イシヨウジという種類も採集できます。こちらは一見小さなヘビのようにも見えるので、「長虫」系がお嫌いなムキには敬遠されてしまいがち。でも私が思うに、目の動きが実に可愛らしい!ちょいと首を傾げて、フッと人を見上げるようなしぐさをする時があります。

いったいに海の魚は表情が非常に豊かですね。ブダイがしかり、カワハギの仲間もそうです。いったいどうしてなんでしょうね?

さて今日はそのイシヨウジのお話をいたしましょう。

私が初めて海でお目にかかったのは、夏も過ぎた大潮どきの昼下がりでした。

採集歴30年のsyunさん、実は少々意気地なしでして、あまり長いこと水に漬かっているのは得意ではありません。寒いのは大の苦手なのです。その日も午前中から水に入っていたところ、いい加減に寒くなってきたこともあって、私は早々に採集を切り上げることにしました。

そしてイケスを肩に掛け直し、空いた手で側の岩に手をついた時でした。マスクのガラス越しに見えたのは妙に細長い黄色い生物。そう、それがイシヨウジなのでした。それも2尾。ペアでした。

図鑑や飼育書でその姿を知ってはいたものの、私は最初それがヨウジウオであるとは思いませんでした。それまでに普通のヨウジウオやヒバシヨウジを採集した経験がありましたが、それらとは明らかに違っていたからです。黄色い地に細めの格子模様、口吻が紫色で、体全体にはところどころに赤みが挿していて、光の当たり具合でキラキラと輝きます。私が知る茶色いばかりのヨウジウオと比べたら格段の美しさではありませんか!

このペア、私に気がついても特段警戒する様子もなく、ペアで絡まるようにジッとしています。そこで私は寒いのをこらえて、いつものように観察をしてみることにしました。

すると私は面白いことに気がつきました。一方の個体の腹部が異様に膨らんでいるのです。それも立体的な膨らみ方ではなく、平面的なのです。私はもっと良く観察しようと、軍手をはめた手をソーッと近づけてみました。

まるで紐が自然とほどけるようにして、スルリ、スルリと離れた二人を見た時、私はシュノーケルをくわえたままの状態で小さく一人ごちました。
「うわ!ツチノコだ!」
私が凝視したイシヨウジは、上から見ると腹部だけが横に張り出した「ツチノコ」状であったのです。
もちろん私はすぐに理解しました。
(そうか!育児域に抱卵しているんだ!)

私はここで網を構えて、このペアを採集しようとしました。

が・・・。

やっぱり止めました。

何故かと申しますと、その当時の自分には彼らをウマク飼育する自信がなかったからです。抱卵状態でないなら話は別ですが、仮にコンディション良く連れて帰れたとして、孵化した稚魚をどうやって育てたら良いでしょう?私の頭には先ずそのことが浮かんだのでした。

今でこそ、
(ヨウジウオの類は、無脊椎水槽に入れて、放っておくのが一番!)
ということが分かりましたが、その時分はそれが分からなかったのです。

さて今度同じようなペアを見つけたら、私はどうするでしょう?
あはは、その時にならなきゃ分からないですね。
(99.06.05)

イシヨウジ抱卵の図
矢印のように、腹部が横に張り出していた。
もちろんどっちがオスか分かりますよね?

余禄

採集をやっていて思わぬ余録にあずかることってありませんか?今夜は、私とA君が某磯に泊りがけで採集に行ったときの「余録」に関するお話をしたいと思うのですが、その前にちょっとだけお付き合いくださいな。

実は今、私のリーフ・タンクには「ススキベラ」という非常に変わったベラがいます。この魚、以前にもチョイとご紹介いたしましたが、大変に面白い泳ぎ方をいたします。私たちが「コノハベラ」と呼んだのは、まさにその泳ぎ方に由来しているのでありまして、簡単に表現すると、
「ベラとクマノミの中間」
のように泳ぐのです。

これが水槽内の強い水流に当たると、端から端まで、まるで波乗りを楽しんでいるかのように、ス〜〜ィと移動します。この泳ぎ方は、普通のベラとは明らかに異なっているワケで、私は彼の優雅なワルツを見るのがとても好きなのであります。

ところがコイツがしょっちゅう行方不明になります。というか、あまりに小さくて、オーバーフローパイプから落下してしまうのです。行く先はもちろんサンプ(沈澱槽)です。そういう時、私は出勤前に水槽の下に潜り込み、網でそれを掬っては、本水槽に戻して上げなければなりません。

私としても、オーバーフローパイプの落ち口に色々と工夫を凝らしてはみるのですが、どうしてどうしてこれが不思議なもので、
(絶対に大丈夫!)
という細工も通用いたしません。そして
(何故なんだろう?)
という私の「?」を知ってか知らずか、彼はサンプの中で例のひらひら泳ぎを続けているのです。

さてある日のこと、またもやサンプに落ちていた彼を見つけた私は、
(どうしたものか?)
と頭を悩ましておりましたところ、彼がサンプに入れていた活性炭の袋の結び目に出来たわずかな隙間を通って、その中に出たり入ったりしていることに気がつきました。

そこで私は「余録」の話を思い出したという次第。

私たちが泊りがけで採集を行う時、採れた魚を安全な場所にストックするということをします。宿泊先にいったん持ち帰っても良いのですが、宿によっては「水物」を嫌うところもありますし、夜中の間ブクがうるさいのも嫌ですからね。そこで、流されたり、干上がったりする心配のないタイド・プールを見つけて、小分けにした容器を袋に詰め、沈めておくのです。

さてある「泊りがけ採集」の最終日、私たちが前日に漬けておいた袋を取りに行ったときのことでした。
(流されず、干上がらずにいたかなぁ?)
と、祈るような気持ちでタイド・プールを覗き込んでみますと、あります、あります。魚たちはみんな無事です。

私が
(やれやれ!)
という気持ちで袋を回収しようとしたところ、前の日私たちが採集していない魚影が袋の中にあるではありませんか。黒くてちっちゃくて・・・。それはサザナミフグのチビ助でした。

もちろん私はA君に尋ねてみました。
「ねえ、昨日サザナミフグ採った?」
するとA君は、何のことやらという顔つきで答えました。
「んにゃ?そんなの採ってねえぞ?」

これはどうしたことかというと、私たちが袋を沈めておいたプールにいたサザナミフグが、隠れ場所としてその袋を選んでしまったということですね。
「飛んで網に入る夏の魚」
さしずめそんなところでしょうか。

そして私は彼を両手で掬うと、他の魚と一緒のバケツに入れました。ダメです、逃がしてなんかあげません。だって好んで私の袋に入って来てくれたんですからね。VIP待遇でお迎えしなきゃ失礼というものですよ。

そんな思い出を頭の片隅におきながら、サンプの中の袋に入り込んだススキベラをいとも簡単に捕まえた私は、彼を本水槽にと戻してあげました。

でもまたきっと、落っこちているんでしょうね。あ〜あ!

サザナミフグ

体長1センチにも満たないサザナミフグ。何を勘違いしたんだか、沈めておいた網袋の中に入ってた。
フグの仲間には、こういった慌て者がいる。
でも可愛いよん!

(99.06.09)

先日のこと、某誌の取材を受けたときに、私は編集者の方から次のような質問を投げかけられました。
「採集のコツは何ですか?」
そこで私はためらうことなく、次のように答えました。
「それはですね、『目』なのでありますよ。」
決して用意していた答えではなかったんですけどね。

私が採集を始めた頃は(今でも基本的に変わってはいないのですが)、タイド・プールを中腰で進みながら、見つけた魚を手網で採るというスタイルでした。でも実を言いますと、「中腰」には大きな欠点がありました。それは、視界が限定されるということです。海の中でなくとも、一度中腰の状態になって、前方や左右を見ようとしてご覧なさい。それがひどく無理な体勢であることに、きっと貴方は膝を打つに違いありません。

その点に気が付いた私は、そこがたとえ小さなプールであっても、極力水に浮かんだ状態で、泳ぎながら魚を見つけることにしました。すると首の回転範囲が広がって、前方・真下・左右と、中腰状態とは比べ物にならないほどに、大変多くのことが観察できるようになったのです。

さて私が雑誌の質問に「目」であると答えた根拠なのですが、それはその頃に見つけた魚の「残像」が、私のメモリから消えずにあるからだということを言いたかったからなのです。

この辺をもうちょっと詳しく説明しましょう。

例えば私がタイド・プールを泳ぎながら進んでいたとしましょう。私の前方には、カゴカキやニザダイ、クロハギの姿が見えます。そしてしばらく進んだときに、私の視界の一番端っこを何かが過ります。さてここなのですよ。実はね、私はこの時、その過ったものが何であるかを大抵は見極めているのです。

私が魚を探しているときは、おそらく何千、何万という「残像」がクルクルと頭の中で回っているのです。そしてその頭の中では、目に写った映像とメモリの残像とのマッチング作業が恐ろしいまでの速さで行われているのです。よくTVで指紋照合のシーンがあって、2枚の指紋フィルムがピタリと一致するのを見ますでしょ?ちょうどあんな感じですね。何万というのも決して大げさではないと思います。上からの残像、右からの残像・・・色々な残像があるはずですから・・・。

そして瞬時に取捨選択を行うのです。
(おお、今のは「トゲ」であるに違いない!しめしめ!)
とか、
(あっ、今のは違うネ!)
という具合ですね。

さてさて私の最も言いたいところと言うのは、
『それは特別な才能なのではなくて、経験や場数を踏めば誰でもそうなれる。』
ということなのです。私にできて、皆にできないワケがありませんものね。

いいですか?魚は網で採るのではないのです。そう、「目」で採るものなんですよ。

(99.06.16)

頭隠して尻隠さず

collecting のページでご紹介の「シマウミヘビ」。無事に連れてかえって無脊椎水槽に放り込んだは良いけれど、以来その姿をトンと見かけておりません。
(そのうち慣れて出てくるさ!)
なんて思っていたのですが、2週間経っても3週間経っても、一向に私の前に現れません。そうなるとちっとは心配になるもので、私は就寝前になると机の引出から懐中電灯を出しては、そっと水槽を覗いたりするのでした。

水槽に入れて1ヶ月を過ぎようとした頃になって、ようやくヒョロヒョロと這いだして来た時、たまたまA君に電話をしていた私は、彼との会話を中断して喜びの声を上げました。
「やった!生きてた!」
と喜んだのも束の間、シマウミヘビ君はどこかの隙間に身を隠してしまいました。ほんと、こういう手合いはつまんないですね。隠れるのが習性とはいえ、せっかく採って来たのにコレですからねぇ!

そうそう私が彼を捕まえた時の話をしないといけないですね・・・・・・。

午前中から水に漬かっていた私は、珍しく少しお腹が空いてきたこともあって、陸に上がり、買いおきの魚肉ソーセージとパンを食べようとしました。なにせ肩から下げたイケスをブラ下げて歩くと、情けないことにフラフラの状態です。大体私の場合、家にいるときはゴロゴロしてばかりなくせに、採集となるとまるで別人のように、あっちへ行ったりコッチへ来たりで、まったく「落ち着く」ということがありません。お腹が空いてアタリマエなのです。

さて少々ヨタヨタしながら波打ち際まで来た時のことでした。私は今まで(海では)見たこともない妙ちくりんなものを見つけて、思わず歩みを止めました。足元にはこげ茶と白の縞模様をした、見える部分だけで15センチほどの細長い物体が、岩の隙間でゆらゆらと揺れています。

この時私がまっさきに思ったのは、
(オイランヨウジではないか?)
ということでした。写真でもお分かりいただけるように、茶色と白の縞模様は、オイランヨウジのそれとほとんど区別がつかないのです。

でもよく観察してみると、揺れる様が妙に軟らか過ぎます。ヨウジウオの類は、もっとぎこちないのです。それにちょっと太過ぎます。こんな「おデブ」なオイランヨウジなんているかしら?でも私が判断を下せないでいたのにはもっと別の理由がありました。それは全身が見えないということでした。私が見ているのは、どうも頭部から下だけのようであるのです。つまり全体像が掴めない・・・。

私はお腹が空いていたことなんてスッカリ忘れてしまって、しばらくの間、その揺らめく物体を、近くの岩に腰をおろして眺めておりました。そして、それを採集するべきかどうかを思案しておりました。いや正直なところを申しますと、恐かったんです。なぜって、隠れている部分が本当に頭の部分だけなのかどうかなんて「保証」はないワケで、岩を退かしてみたところで、その先にトンでもないものが出てきたりしたら、臆病者の私は悲鳴を上げて逃げ回ることになるでしょうから。

が、「恐いもの見たさ」のせいか、採集家の「性」か、私はやっぱり網を構えました。そして、そ〜っと岩を退かしてみると!

急に開けた視界にびっくりしたのでしょう、その物体は激しくS字になったり、8の字になったりを繰り返した後に、勢い良く私の網に飛び込んで来ました。網の目から見えるそれはやはり体長15センチくらい。良かったです、得体の知れないものじゃなくって・・・。

捕まえた個体をつぶさに改めてみましたところ、これがウツボやアナゴの仲間であろうことはすぐに分かりました。でも肝心の名前が分からない。結局家に連れて帰ってから、それが「シマウミヘビ」であることをつきとめた次第。

でも、彼は頭を岩と岩の隙間に突っ込んで、いったい何をやっていたんでしょう?私が近づくのを察して隠れてた?それとも私と同じようにお腹が空いてたので餌を探してた?それを知るには彼の生態を知らなきゃイケマセン。しかしもっとイケナイことには、彼はチットモ出てこない・・・・・・。

どうやら私は持久戦を覚悟しなくてはならないようですね。

(99.06.22)


カラシン系の面白さ

晩春以降に採集できる小魚に「ネンブツダイ」という魚がいます。比較的波の穏やかな場所に群を作って中層を漂っていることが多いですね。

色は淡いピンク。決して派手ではないけれど、あるシチュエ−ションに置いてやると、とても映える光景を作り出してくれます。どういうことかは最後まで読んでからのお楽しみ。うひひ。意地悪syunさん・・・。

さて何年か前の年、それは非常に不漁の年で、何度海に出かけても、そしていくら磯を歩き回っても、めぼしい魚は見つからない。ある仲間などは。
「あああ!俺は白いチョウチョウウオが見たい!」
とこぼすことしきり。そんな殺伐としたシーズンであったのです。

私自身のことを言うと、
(こういう年もあるんだよね)
などと自分を慰めながら、空に近い状態のバケツを下げて帰ることが何度続いたでしょう。

そんなシーズンのある日の昼下がり。
(今日も手ぶらで帰ろうかしら?)
と、半ばあきらめていたときのことでした。
漁港の岸壁に腰を降ろしていた私は、目の下に沢山のネンブツダイが群れていることに気がつきました。そしてほとんど同時に、かねてからやってみたかったことを思い出しました。
(そうだった!小道具は全部そろっていたのだった!)

私は傍らに置いていた網を手にすると、ジャボンと水に飛び込み、彼らのうちの小さい個体を5尾ほど採集し、これを手際良くパッキングすると、どこにも寄らずに帰途につきました。

さて私が帰宅してからやったことは、
・新しい水槽をセットした
・飾りとして、以前に使用していた流木を配置した
そして最後に、
・増えすぎて困っていたヨレヅタを仕上げに入れた
ことでした。

そしてさらに2週間ほど様子を見た後に、彼の日採集してきたそのネンブツダイを収容したのです。

もうお分かりですね。そう、私は「カラシン水槽もどき」を作ってしまったのです。

私には淡水魚の飼育経験がほとんどありませんが、いつも覗くショップに並んでいる淡水タンクを目にするたびに思っていたのです。
(ネンブツダイだったら同じ情景を作り出すことができるに違いない!)
ってね。

そしてこれがですね、まったく思い描いていた光景になりまして、私は大満足したのでありました。


水の中に「緑」があると、不思議と心が落ち着くものだ。どうしてなんだろう?
透明さが「緑」を一層引き立たせて、何とも言えない雰囲気が出るネ。
その「緑」と合うのがネンブツダイ
小さ目の個体を複数飼育すると、より面白くなること間違いなし。


(99.07.01)


ありまぁ!びっくりした!・・・光るエビ?

先日発売されたばかりの季刊「マリン・アクアリスト」(vol.12)に、私は見覚えのある生物の写真を発見して驚いてしまいました。今夜はその写真に写っていた「生物」についてのお話を致しましょう。

私は同誌に載っている I 氏ほどの達人ではありませんが、防波堤採集がトテモ好きです。水中で魚を追いかけるのとは違った面白さがそこにあるのと、
(おおおおおお!なんじゃコリャ!)
と思うような珍しい魚や生物が採れる場合があるからなのです。

さて私がそれを捕まえたのはまったくの偶然。ある防波堤でのことでした。

その時私は小さな小さなイカ君を探しておりまして、朝の早いうちから、目を皿のようにしてあっちのコーナーや、こっちの水面を覗き回っていたのです。と、ちょうど竿の届きそうなところに2尾の小さなアオリイカがいるのに気がついた私は、気取られないように竿を伸ばしにかかりました。もちろん目は標的から動かさずに。彼らに警戒されてはたまりません。あっという間に体色を変化させて、ロケット噴射で逃げてしまいますからね。

ところが私の足の摺る音に気が付いたのか、それとも差し出した網の影を察したのか、2尾のイカ君は仲良く並んで沖の方へとさよならをしてしまいました。まぁこういうことはよくあることなので、私はさして気にも止めてもいなかったのですが、横で見ていたA君の目ときたら、、
(いひひ、へったくそー!)
とからかっているようにも見えて、ひどく照れ臭くなってしまいました。

しかたなく水面に落とした網を右に左に揺すり、ごまかすフリをしてみたものの、どうも居心地がよくありません。そこで、
「しゃあないから、次行こう!」
なんて言って、網を片付けようと水中から上げたときでした。私はミョ〜なものが網に「引っ掛かって」いることに気がつきました。

それは透明な1センチほどの生物で、一見したところエビにそっくりです。私が一心に見つめているのに、おかしなことにA君はまったく気が付いていない・・・。つまりそれくらいに小さくて、しかも透明なので、非常に見分けづらいということです。くねくねとうごめく生物を見て、私も最初はイソスジエビかと思ったのですが、エビとは形が違っています。模様だってないんだもの!

「なんじゃろなぁ?」
不思議がる私に、A君もやっと目が止まったようです。そして(私ももちろんそのことには気が付いていたのですが)感嘆の声を上げました。
「ややや!目が青く光ってる!」

さらにA君はつぶやくように言いました。
「きっとシャコだね。それもアリマ期のね。」

果たしてA君の予想は見事に的中。帰ってきてから隔離ケースに入れて観察していたA君の連絡は、
「やっぱシャコだった!」

そして、彼のスゴイ眼力と知識にびっくりした私は次のように応えたのでした。
「アリマぁ!びっくりした!」

(99.07.05)

ケムンパスでやんす

去年の夏だったか、Mさんという仲間が大変に面白い「採集行動」を見せてくださいまして、これが強く印象に残っておりますので、今日はそこんところをお話しましょうか。

何が面白かったって、それの第一はMさんのいでたちでした。

普通「磯採集」と言えば、海水パンツかウェット・スーツを着て、顔には水中マスク、口にシュノーケル、手には網、というのがオーソドックスなスタイルです。で、このMさん、網以外までは普通。つまり何が違うかというと、持ってる網・・・それはですね、子供が昆虫採集に使う、ごくごく安手の、柄が竹製の白い網なのです。

何人かの仲間と採集に行ったその日、彼はそんないでたちで私達の目の前に現れました。

そして明らかに目的を持った様子で、
「じゃあね!」
という言葉を残して、ジャブジャブと水の中へと入って行ったのです。

私が、
(Mさん、何をする気なんだろう?)
と、非常に興味を持って彼の行動を眺めていると、なんてことはない、私達とはちょっと離れた砂地のところで、ただグルグルと回っています。時折水から顔を上げるものの、再び同じ動きを繰り返すだけなのです。

しばらく彼を見ていた私も、あまり長いこと同じことを繰り返すのにちょっとばかり飽きてきて、
(いけない、いけない。自分も魚採りに来たんだっけ!)
と我に返りました。そしてそそくさと着替えると、彼と同じ様に水に入り、採集活動を始めたのでした。

それから小一時間もした頃のことです。岩場に腰を下ろして休んでいたところへ、Mさんが濡れた体でヌッとばかりに私の前に現れました。手にはバケツを下げています。

私はここで気になっていた質問をしました。
「ねぇMさん、何してたの?」
するとMさんはバケツの中味を見せてくれると同時に、
「エビだよ!」
と笑ったのです。

面白さの第二は次です。見るとバケツの中には大きさが3ミリ、いやもっと小さなゴマ粒のようなエビが、ワンサカと泳いでいるではありませんか!さらに驚くべきことに、赤、黒、縞の、それぞれ違った種類のものがいるのです。思いきりじっくり見ないと分からないほどの違いですが・・・。

極め付きはエビ君たちの「目」の大きさ!体の割には、目がとてもとても大きいのです。上から見る姿は、赤塚不二夫のキャラクター。今にも、
「ケムンパスでやんす〜〜」
ってギャグが聞こえそう!

そう、Mさんがやっていたのは、プランクトン掬いだったのでした。つまり昆虫採集用の網は、Mさんの「プランクトン・ネット」というわけであったのです。

プランクトンを捕まえる採集家!世の中には興味深い人がいるものですね。
やはり「仲間は偉大」です。





べし?けむんぱす?
うーん、最近物忘れが良くて困ります。「べし」のようだったかもしれません。ま、似たようなものです。ご勘弁ください。
大きさにして1.5ミリとか2ミリのもんでしたね。中には赤いのや縞々のヤツもいたりして、とっても面白かった。

不思議と言うか可哀想というか、酸素不足には非常に弱いらしい
。皆さん、もし捕まえることがあったら、その点忘れないでね。





(99.07.07)

静かなブクは大嫌い

採集魚の輸送に欠かせないのが通称「ブク」の電池式エアポンプ。夏の盛りや長距離輸送の場合には必携の採集goodsですね。最近では釣具のメーカーや、大手電器メーカー、さらには観賞魚の飼育器具メーカーなどから沢山の製品が出ています。お持ちで無いなら、釣具屋さんの安売りの対象になることが多いので、そんなときにお求めになるのが良いでしょう。

ところでこれを購入する際、皆さんはどんな基準で買いますか?大抵の人は静音性でしょう?では私はどうかと申しますと、それは値段ですね。静かであることは必要がないからです。

と申しますのも、次のような恐ろしい経験があるからなのです・・・。
それは、ごくごく親しい仲間と採集遠征に行った帰りのお話です。

黄色いチョウチョウウオや、青いヤッコ・・・自分たちで取ったものから、現地の仲間が捕まえた魚たち・・・遠征は成功裏のうちに終わり、私達は心地よい気だるさに包まれながら帰りの船に乗りました。

心配なのは彼らを無事に連れて帰ることができるかどうか、ただそれだけです。ここで気を抜いたら、それこそ画竜点睛を欠くことになります。連れて帰ってこそのこの趣味なのです。でもその辺はぬかりがありません。ちゃんと携帯用のブクを持ってきていますからね。

私達は危険の分散を図るため、幾つかのバケツに分け、それぞれにブクをセットして一安心。朝から夕方まで、それこそ魚ばかり追いかけていたわけですから、もう体はクタクタ。それぞれが眠りにつくのはあっという間のことでした。持ってきたのは静音タイプのブク。私達の安眠を妨げるものは、何もありませんでした。

翌朝、早起きじじぃのsyunさんは、誰よりも早く目が覚めました。というよりも覚めちゃうのです。何故かって、お魚さんたちが大丈夫か心配で仕方がないからです。

そして眠い目をこすりながらバケツに目をやったとき、私は妙に不安な気持ちになりました。
(静か過ぎる!おかしい!)
このことでした。

私の予感は見事に的中です。そうです、携帯用のブクの電池が切れてしまっているのです!つまり、静かなことが仇になって、電池の寿命が切れていることに、誰も気が付かなかったのです。

いや、慌てたのなんの。でも幸い気がつくのが早くて大事には至りませんでした。syunさんの早起きじじぃぶりが、役に立ったといういうわけですね。

分かりましたか?だから私は携帯ブクに静かさを求めないのです。
うるさい方が安心です。何と言っても帰りの主役はお魚さんです。人間はガマンをすれば良いのです。

(99.07.12)


不埒な球児

今日もちょいと昔話を。

実は私、鳥ガラ並みのヤセッぽちです。これは昔からそうなのでありまして、子供の時分には、ガリだの、ヒョロだの、ガイコツだのと、それはそれは随分とからかわれたものでした。
(今も痩せているのは変わらなくて、口さがないOLたちには、
「やだ!syunさん、そば寄らないで、小骨が刺さる!」
と遊ばれています。)

では私の少年時代は病弱であったかというと、決してそんなことはなくて、健康状態は極々普通。スポーツだって人並みにやりました。勉強はというと、これはちょっと「?」でしたが、16の年には立派な高校球児でして、私は白球に夢を追う少年でもあったのです。

さて球児たちにとって「夏」といえば甲子園ですね。私のいた野球部でも、1学期の終わりが近くなると、それを目標に暗くなるまで練習、練習の毎日。わずか10数人(!)で構成された野球部ではありましたが、その練習は過酷を極めました。でも私は、その練習が嫌で嫌で、
「きっかけがあったら退部してやろう!」
と、いつも思っておりました。

A君から海水魚の採集と飼育の手ほどきを受け始めたのも、実はちょうどこの時期でして、早いとこ、あのすっぱい匂いのするユニフォームとおさらばして、海に行きたかったというのが本音でしたけどね。

そこで私がきっかけにしようとしたのは「予選敗退の好機に!」ということでした。予選で負けた時点で、その夏のシーズンは終了ですからね。練習もしばらくはやらないだろうし、そこを見計らって退部届をだしてしまえば良いのです、あとはこっちのもの。私を待つのは楽しい夏休み、いよいよ採集に専念できるのです。私はそれだけを励みに、辛い練習に耐えていたのでした。

私にはハッキリ言って「勝算」がありました。というのも、予選の前に行う練習試合では「ボロ負け」の連続でしたから。先にも述べましたとおり、10数人(1年生から3年生まで合わせてですよ!)の部員でポジションを分配するのですが、キャッチャーなんて誰もやりたがらない。だからいつも急造の「間にあわせ」で練習試合に臨んでました。もちろん結果は言わずとしれたこと。ファーストに出た敵ランナーは皆3塁まで進んじゃいます。要領の良いヤツなんかホームまで帰って来てしまうのです。これでは勝つ筈がありません。

ところがどうしたことか、いざ予選が始まってみると、いきなりの勝利!いったいどうしたというのでしょう?
(こんな筈じゃないんだけどなぁ・・・)

でも私にはまだ余裕がありました。
(この次は予想どおりの結果になるもんね!)
そう楽観視していたのです。

が、期待を裏切って2回戦突破。これには私も少々不安になって来ました。
(や、やばい、このまんま甲子園まで行っちゃったらどうしよう?これじゃいつまでたっても海に行けないじゃないか!)
部員たちや母校のクラスメイトが盛りあがるのを見ながら、私は日いちにちと暗くなって行くのでした。2回戦突破したくらいで、そのまんま甲子園になんか行けるわけないのにね。

さて3回戦。相手は西東京の雄、H商業です。結果を早く言えって?ははは、いやー助かりました。ちゃんと負けたのです。アンパイアの、
「ゲーム・セット!○○対××でH商業の勝ち!」
という待ち望んだフレーズが球場に響き渡ったとき、私は笑顔を殺すのに必死でした。そしてふと横を見ると、これも同じように笑いをこらえている選手に気がつき、私はいよいよ吹き出しそうになりました。

だってそれは他でもないA君でありましたから!

その夏、「不埒」な私たちが採集活動に明け暮れたのは言うまでもありません。
がはは!

(99.07.14)
                         

私はダックスフント?

A君にもらったウェット・スーツ、近場でも遠征でも、海に行くときはいつも一緒。我が良きパートナーなのですが、そろそろ寿命かな?お尻は穴が開いちゃって、岩場にも腰掛けられなくなり、いたるところに解れが出来て、もうどうしようもありません。騙し騙し使うのも限界です。

そうは言っても愛着があって、もちろん捨てるなんてことはできません。
ある日息子に、
「お前にやる!」
と気前良く言ってはみたものの、
「やだよお父さん、着たままオシッコしたことあるんだろ?それにボロボロじゃん?」
と一蹴される始末。(断っておきますが、私は誓ってウエット・スーツの中でオシッコをしたことはありません。)

で、
(しゃあない。もう1シーズン頑張ってもらおう・・・)
と諦めて解れを繕っていたところ、見かねた家内が、
「もーいい加減にして、新しいの買いなさい!」
だって!

というわけで新調しました!!!!!ウエット・スーツ。
ところがコレが出来あがるまでにひと悶着ありまして・・・・・・。

私は「買い物」というやつが大変に嫌いです。理由は店員さんと話をしなければならないからで、なぜ店員さんと話をするのが嫌かというと、いくら私に信念があっても、いつも最後には店員さんの言うなりになってしまう自分がそこにあるからです。特に着る物の場合にはね。(学生の頃はそんなでもなかったんだけどなぁ・・・)

そこで私は通信販売を利用することに決めました。家内に採寸してもらい、好みのデザインとオプションを選んで、これをFAXで送りました。送り先はO県のPクラブ。翌日代金を振り込んで、あとは到着を待つだけです。この間、先方の人と話をすることは一切ありません。味気ないと言ってしまえばその通りなのですが、私はむしろ、
(んー、これはこれで煩わしくなくて良いかもしれない)
と大いに気に入ったのです。・・・・・・ここまではね。

ところが注文してから2ヵ月経っても商品が届きません。
(おかしいなぁ?)
と思って確認の電話を入れても、ソバ屋の出前じゃあるまいし、
「工場は別にあって、今やってるところだと思います。」
という返事ばかり。
「じゃ何時頃できるか確認して電話を下さい」
とお願いしても、さっぱり応答無し。

その後数度の電話をかけてやっと、
「今週末には到着予定です」
の返事。やれやれこれで一件落着・・・のハズでした。

さて待望の週末。私が会社から帰宅すると鴨居に新着のスーツがブラ下げてあります。そしてその横には家内がクスクス笑いながら立っています。
(アレ?何だか変な雰囲気だな)
と下げられたスーツを改めて上から下まで眺めた瞬間、私は口をアングリとあけたまま、凍り付いたように固まってしまいました。なぜなら私の目の前にあるスーツは、異常なまでに胴長短足な代物であったからです。私の口からはごく自然に、
「こ、これはダックスフントのウェットスーツだ!」
という言葉が漏れました・・・・・。

ところが家内ときたら失礼千万にも、
「そんなん、着てみなけりゃわからないじゃない」
とノタマイます。家内が笑っていたのは、その辺に理由があったんでしょう。そう言われると、足の短さと胴の長さにはいささか自信のある私ですから、
「それもそうだな」
ということになってしまいます。
そこで試着して背中のチャックを上げたところ・・・
股下はピッタリなのに、顔が全部出ないのです。私の言っている意味がわかりますよね?

私は保管していた注文表を取り出して、出来あがった製品の寸法を確認してみました。すると「着丈」が正確に10センチも違います!さらにオプション指定も反映されていません。

もちろん翌日に電話をかけ、事情を話したところ、
「着払いで送り返してください」
という対応。私はその間の経緯を手紙にして返送をしたのです。

すると今度は1週間で再送されてきました。さすがに今度はちゃんとしたものでしたが、何の説明もフォローもなしに、それこそポーンッという感じで!

syunさん、久しぶりに怒りました!
(そりゃーやり方が違うだろ!)

その週末、再び電話でのやり取りがありました。
私:何の説明もないのはどういうことでしょうか?
店:お客様から返送された製品ですが、確かに見た目でも変だと思われました。工場で確認した結果でも寸法に誤りがありました。ですから直ぐに作り直して送りました。
私:では何故その辺の説明をしてくれないのでしょう?私としても体にフィットしないからと、単にグズっているだけとは思われたくありません。
店:・・・・申し訳ありません。
私:御社では製品が出来あがった時点でチェックをしないのですか?それをやっていればこんなことにはならなかったと思いますが?
店:・・・・。

でもね、私はそれから直ぐに電話を切ってしまいました。だって考えて見たら「やり方」を間違ったのは私の方ですからね。ちゃんとしたプロセスを省くからこんなことになっちゃうのです。店員さんとお話をするのが嫌でも、安心できるお店で作ればよかったんですね。
教訓、教訓。今回はsyunさん版「東芝問題」でありました。

さて今シーズン、私は曰く付きの新調スーツで気分も新たに頑張りますよ!

(99.07.21)